2021年01月25日 14:16

服従訓練

服従訓練という言葉は、いかにも力づくて言うことを聞かせるための訓練という感じがして嫌だった。
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サンドラ・デービスさんとのメールのやりとりで、hukujuという日本語にはそんなイメージがあって嫌いなのだと書き送ると、アメリカ人の彼女にとって、Obedienceという言葉には、いかにも力づくて言うことを聞かせるための訓練という感じが付きまとう、とお返事をくれた。 同じなのだ!!


サンドラさんは、1995年ごろ、最初のケーナインフリースタイルを紹介した頃、もうすでに、還暦に近い歳だった。それまで、ジャイアントシュナウザーでショーに出たり。AKCのオビディエンス競技に出たりしていた、犬のトレーニング・競技の世界をよく知っていた彼女にとって、クリッカーは未知のツールだったと、サンドラさんと親しくしていた人から教えてもらった。 それでもサンドラさんのフリースタイルトレーニングブックで、彼女が罰を与えることを推奨していない。
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むしろ、この当時からの犬のトレーニングを知っている人は、マリーレイさんもそうだが、物理的な嫌悪刺激は必要ないことを強調している。 ドッグダンスを日本に紹介するのに大きな力になった友人は、子犬の基礎トレーニングをプロの訓練士さんに依頼していた。可愛い自分の犬に「罰を与えないといけない」ことが嫌で、母・飼い主が「罰を与える」ことがあると犬に思って欲しくない、というのがその理由だと言っていた。
彼女もまた、古くから犬のトレーニングの世界を知っているので、リードショックなどの罰を知っている一人だからだろう。
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私が犬のトレーニングに関わったのは1994年からなのだが、その時、きちんとプロに教えてもらわなかったため、褒めることで強化する方法しか思いつかなかった。(褒める、というより、本心から感心し、できたことが嬉しかった) そんな私だが、実は、自分の犬のトレーニングで「罰を与える」。
行動学的な意味での「正の罰」は様々使っているし、また、あえて言ってしまえば、身体的な拘束も日常的に使っている。 できなかったことに物理的な嫌悪刺激を与えることは、もちろんありえない。
しかし、不機嫌そうな声で「ちが〜う」ということはよくあるし、犬が明らかに違う行動を繰り返しそうな時には、その違う行動を完結してしまう前に遮るために、自分の足を出したり、手で遮ったりの「正の罰」を使っている。 その「正の罰」を受けたことの孕む危険は重々承知しているつもりだ。
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我が家の犬たちは、(最初のミックス犬のダッシュを除いて)皆、牧場の犬を親にもつ牧羊作業犬たちだ。その持って身についた特性による行動様式を起因とする「誤動作」は、どんな手を使っても阻止修正する必要があると思っている。
それが「正の罰」と呼ばれる刺激であることが非常に多い。それに、家庭犬として生きるうちの犬たちを、飼い主である私は物理的に拘束しないといけない場面は非常に多い。 お腹を壊して下した犬を浴室に引き入れることや、何らかの危険を回避させるためや、(我が家では起きたことはないのだが)盗み食いを止める時や・・・

幸い、うちの犬たちで、私の「正の罰」により、作業意欲がなくなったり、共同作業を嫌がったりした犬はいない。
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しかし、同じような血統を持つ犬が、オビ競技の練習中に、なぜがトボトボと歩いていたり、近づいてくるハンドラーからさっと身を引くような行動を見せた時、服従訓練という言葉が、未だにこういう悪影響を及ぼすような形で行われている可能性を感じて、非常に切ない。
だって、あの、身をさっとかわした子は、可能性と活力を秘めた、ハチャメチャな時を楽しんでいい、若さに溢れた子のはずなのだから。


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ステップやムーブの教え方を解説。
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